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このセミナーのめざすもの
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主催のホリスティック・ケア・ハウスは、キリスト教会の中にあるヒーリングサロンです。多くの方がおとずれてくださる中で、最近とくに感じることは、身体の癒しのフィールドとともに、それとバランスのとれた、知的な学びのフィールドの提供の必要性です。
わたしにとって、キリスト教での学びは、知的な学びのフィールドとして、たいへんありがたいものでした。わたしが出会ったのは、幸いなことに、宗教にありがちな不自由な価値観をおしつけてくるものではなく、安心してより自由に生きていけるようになるための、純粋なイエス・キリストの福音の学びでした。
今の社会では、なかなか精神的な学びを、安全にできるところが少ないと感じます。教会はどんな方にも開かれているところではありますが、実際は、気軽に入れる雰囲気のところではありません。それに、現代の忙しい世の中では、毎週日曜日に教会の礼拝に通うというのも、至難の業といえるでしょう。私たちが生きているのは、中世のヨーロッパではないのですから。
しかし、現代のように世の中の価値観が混沌とすればするほど、なにごとにも揺らぐことのない、自立した信念の確立が求められているところです。私は、キリストの教えにふれるまでは、確固とした信念をもつことができず、すべてが、他人の眼が気になり、社会の常識というあやふやな価値観に翻弄され、本当の安らぎが心の中にない状態でした。
それが、聖書に忠実にキリストの教えを学ぶようになって、はじめて、心の中が自分の存在にたいする確固たる肯定感に満たされ、自分の人生を心から味わうことができるようになってきました。悩むことも、落ち込むことも、恥ずかしい思いをすることも、後悔することも、もちろんあります。しかし、そのすべてが、確固たる自分の存在の肯定感のなかで、起こるようになりました。
私にとってキリストの教えのすばらしいところは、むしろ、私がマイナスの感情を抱けば抱くほどに、神が自分を愛しておられる真実を受け取らずにおれなくなるところです。人生の荒波のすべてが、感謝の大波に変えられていくのです。この感覚は、けっしてすごい体験で得たものではありません。誰でもできる、常識的な地道なことの積み重ねで得た感覚です。それは、「聖書を、きちんとした解説をしてもらいながら、自分のこととして読んでいく」という、このひとつのことの積み重ねです。
最近、これほどの恩恵を自分だけにとどめておくべきではないと、切実に感じはじめました。もっと多くの方に、そういう学びを体験していただく機会をつくる努力をすべきだと。聖書は、たしかに量的にも膨大な書物です。しかし、重要なのは、量ではなくその読み方です。分厚い聖書ですが、たった「ひとこと」でも、それが魂に響いたときには、おどろくほどの恵みをもたらす力を持っています。
とても幸いなことに、この思いに賛同し、手伝ってくれるスタッフがあらわれ、講師を担当する牧師である夫の快諾をもらい、こうして小規模ながら、セミナーを開いていくことができるようになりました。
このセミナーの主役は、キリスト教ではなく、あなたの人生です。あなたの人生をより輝かせるために、イエス・キリストの考え方を学んで、役立てていただければさいわいです。
そして、あなたの中の聖なる存在との結びつきがいっそうつよめられ、あなただけのこの人生での使命が、喜びのうちに成し遂げられますようにお祈りしています。
このセミナーに「安心して」参加して頂くために、以下のことに配慮しています。
・必要のない個人情報は集めない。(基本的にお名前と、メールアドレスのみ)
・いただいた個人情報は責任をもって管理し、他にもらさない。
・キリスト教への勧誘はいっさいしない。
・クリスチャンである、なしの区別をしない。
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[主催]ホリスティック・ケア・ハウスのホームページはこちらです(http://hch.hp.infoseek.co.jp)